自然な出会いが欲しい。 そう嘆く50代の独身男性を見るたびに、私は地盤調査もせずに埋立地に摩天楼を建てようとする、無謀な三流建築士を見るような目で彼らを見てしまう。 はっきり言おう。 君が夢見ている運命的な出会いなど、この世には存在しない。 それはトレンディドラマという虚構が作り出した集団幻想であり、統計学的に見ればノイズ以下の確率だ。
なぜ、いい歳をした大人が、そんなサンタクロースを信じるような真似を続けるのか。 それは君が、自分の市場価値と、現代社会の構造変化という現実から目を背けているからに他ならない。 今回は、なぜ私が自然な出会いという非効率な選択肢を人生の設計図から排除し、マッチングアプリという文明の利器を選ぶに至ったか。 その理由を、感情論を一切抜きにして、徹底的なロジックのみで解説する。 これを読んでもまだ偶然の出会いを待つと言うなら、君はもう手遅れだ。 孤独死予備軍として、カビの生えたアパートで震える準備をしておくことだな。
職場はもはや出会いの場ではなく法的リスクの地雷原
かつて、職場結婚が日本の婚姻のスタンダードだった時代があったことは否定しない。 だが、そのモデルは昭和で完全に終わっている。 令和のオフィスにおける男女のコミュニケーションは、高度なコンプライアンス管理下にある。 ここで不用意に異性にアプローチすることは、命綱なしで高層ビルの鉄骨を渡るようなものだ。
セクハラ認定のリスクリワードが崩壊している
君が何気なく発した髪切った?という言葉。 あるいは、少し気を使って言ったはずの今日は顔色が悪いねという言葉。 これらが相手に不快感を与えた瞬間、それはセクシャルハラスメントとして認定される。 厚生労働省の定義を見ればわかる通り、ハラスメントの認定基準は受け手の主観に大きく依存する。 つまり、君に下心があったかどうかなど、法廷では1ミリも考慮されないのだ。
君が長年積み上げてきた勤続年数、社内での政治力、社会的信用、そして退職金。 これら人生の基盤構造が、たった一度の不用意な接触という微震によって崩壊するリスクがある。 構造力学的に見て、これほど脆弱でリスクリワードの合わない設計はない。 職場は労働力を提供し対価を得る場所であり、恋愛感情という不安定な荷重をかける場所ではない。 ゾーニングの基本すらできていない人間に、恋愛を語る資格はないのだ。
Z世代との絶望的なジェネレーションギャップ
さらに言えば、今の職場に君の恋愛対象となる独身女性が存在する確率を計算してみろ。 同年代は既婚者ばかり。 残るは、親子ほど歳の離れたZ世代の新入社員だ。 彼女たちにとって、50代の上司など、恋愛対象どころか生物学的に別のカテゴリーに属している。 彼女たちが求めているのは、君のアドバイスでもなければ、バブル時代の武勇伝でもない。 定時退社とプライベートの充実だけだ。 そこに割り込もうとする行為は、スマートフォンの最新OSに、フロッピーディスクを挿入しようとするようなものだ。 互換性がない。認識すらされない。 それが現実だ。
趣味の場における目的関数の致命的なズレ
料理教室、英会話、ワインの試飲会、社会人サークル。 ここに行けば共通の趣味を持つ素敵な女性と自然に出会える。 これもまた、婚活ビジネスや広告代理店が仕掛けた悪質なミスリードだ。 私は過去、検証のためにいくつかの教室に潜入したが、そこに広がっていたのは絶望的な目的関数の不一致だった。
料理教室への潜入で判明した非効率性
女性たちは、純粋にスキルアップや楽しむことを目的に来ている。 彼女たちのベクトルは、講師や教材、あるいは自身の成長に向いている。 そこへ、出会いという邪念を持ったおじさんが割り込む。 これは、クラシックのコンサート中に携帯電話を鳴らすのと同じ、許されざるノイズだ。 君が一生懸命に話しかければ話しかけるほど、周囲はシラけ、君の存在は異物として排除される。
そもそも、週に一度顔を合わせるだけの関係から、連絡先を交換し、デートに誘い、交際に発展させるまでに、どれだけの時間的コストがかかると思っている? 半年か? 1年か? その結果、相手が実は既婚者だった、あるいは彼氏持ちだったと判明した時のサンクコスト(埋没費用)を、君は笑って許せるのか? 私なら発狂するね。 50代の1年は、20代の10年に匹敵する価値がある。 そんな不確実な迂回ルートを設計する暇など、我々には1秒たりとも残されていないのだ。 ニーズのない顧客に商品を売り込む飛び込み営業と同じで、成約率は限りなくゼロに近い。 時間と月謝というコストをドブに捨てる行為を、いつまで続けるつもりだ?
築56年という築古物件を誰が指名買いするのか
もっとも残酷な事実を突きつけよう。 君は、自分がまだ市場で選ばれる側の人間だと思っていないか? 鏡を見ろ。 我々は築50年を超えた、昭和の木造建築だ。 新築のような最新設備もなければ、断熱性能も低い。 外観も経年劣化し、あちこちにガタがきている。
レインズに登録もせず売れると思うな
そんなボロボロの物件を、レインズ(不動産流通機構)にも登録せず、看板も出さず、ただ路地裏に放置して、通りすがりの買い手が奇跡的に見つけてくれるのを待つ。 これが自然な出会いを待つということの正体だ。 不動産市場において、築古物件を売るにはどうすればいいか。 プロの知見が必要だ。 詳細なスペックを開示し、リノベーションの履歴をアピールし、適正価格を設定して、広く市場に情報を公開するしかない。 それをせずに売れると思っているなら、それは希望ではなく、ただの傲慢だ。
自然な出会いを待つというのは、ある日突然、見ず知らずの資産家が君の家のドアをノックして、この古い家を言い値で買わせてくださいと言うのを待つのと同じだ。 そんなことはあり得ない。 自分が中古物件であることを認め、適切なプラットフォームに情報を掲載する。 これがマッチングアプリを使うという行為の本質だ。 市場原理の中に身を置き、自分の市場価値を直視すること。 それが嫌なら、誰にも見向きもされずに朽ち果てていくしかない。
ドレイクの方程式が証明する絶望的な確率論
1961年、フランク・ドレイクは銀河系に地球外生命体が存在する確率を計算する方程式を考案した。 これを我々の婚活に応用してみよう。 君の生活圏内で、独身で、年齢が許容範囲内で、金銭感覚が合い、話が面白く、かつ君のような偏屈な中年男を生理的に受け入れてくれる女性と、偶然すれ違う確率。 パラメーターを掛け合わせていけば、その解が限りなくゼロに収束することは、中学生でもわかる。
運命を待つのは思考停止だ
0.00001パーセント以下の奇跡だ。 そんな天文学的な数字を待って座して死ぬより、最初から条件に合う相手がリストアップされたデータベースにアクセスする方が、遥かに合理的で科学的だ。 なぜ文明の利器を使わない? 計算機があるのに、そろばんでロケットの軌道計算をするつもりか? さらに言えば、地方在住ならなおさらだ。 人口密度という分母が小さい閉鎖商圏において、偶然の衝突を期待するのは、サハラ砂漠で特定の砂粒を探すようなものだ。 物理的な接触回数が圧倒的に足りない以上、デジタルという拡張機能を使って商圏を広げる。 これこそが、現代における正しい生存戦略ではないのか。
CADを使わずに手書きで図面を引く愚かさ
現代には、スマホという高性能なツールと、マッチングアプリというデータベースがある。 これを使えば、年齢、居住地、趣味、喫煙の有無、結婚歴、子供の有無に至るまで、事前にスクリーニングが可能だ。 これは建築で言えば、CADを使って設計図を引くのと同じことだ。 手書きで線を引く時代は終わった。 レイヤーを分け、データを管理し、効率的に修正を行う。 効率化できるツールがあるのに、あえて苦難の道を選ぶのは、美学ではない。ただの怠慢だ。 テクノロジーを否定して精神論に逃げるのは、無能な現場監督の常套句だ。
アプリ特有のアルゴリズムこそが救世主である
マッチングアプリを毛嫌いする男たちは、出会いの情緒がないとか、条件で選ぶのは失礼だとか言う。 笑わせるな。 お見合い結婚が主流だった時代、釣書(つりがき)で条件を確認するのは当たり前だった。 アプリはそれをデジタル化し、アルゴリズムで最適化したに過ぎない。
感情というノイズを排除せよ
我々は往々にして、自分に釣り合わない高望みをする。 20代の美女がいい、家庭的な子がいい、などと妄想を膨らませる。 だが、アプリのアルゴリズムは残酷かつ正確だ。 君の「いいね」の傾向と、相手からの反応を分析し、君の市場価値に見合った相手をレコメンドしてくる。 それは時に屈辱的かもしれない。 だが、それは客観的な事実だ。 自分の立ち位置をデータとして突きつけられることで、初めて我々は身の程を知り、現実的なパートナー探しをスタートできる。 このフィードバック機能こそが、自然な出会いにはない最大のメリットだ。 鏡を見ずに高望みを続ける裸の王様になることを防いでくれるのだから、感謝すべきだ。
結論 アプリはロマンの欠如ではない、最適解へのショートカットだ
自然な出会いなどという言葉に逃げるのはやめろ。 それは、傷つくことを恐れて行動しない自分を正当化するための言い訳に過ぎない。 アプリでの出会いに情緒がないと言うなら、言わせておけばいい。 入り口がデジタルであろうがアナログであろうが、最終的に互いに価値観の合うパートナーと出会い、穏やかな老後を設計できるなら、プロセスなど関係ない。
私は建築家だ。 結果として堅牢で美しい家が建つならば、工法にはこだわらない。 ツーバイフォーだろうが、在来工法だろうが、プレハブだろうが、重要なのは完成した住環境の快適さと安全性だけだ。 そこに住む人間が幸せなら、それでいい。
君に残された時間は短い。 50代の1年は、20代の10年に匹敵する重みがある。 無駄な待ち時間を排除し、今すぐスマホを手に取れ。 自分の人生の設計図を、運任せの他人任せにするな。 自らの手で、確実に未来を施工管理しろ。 アプリへの登録は、敗北宣言ではない。 現代社会という過酷な環境に適応し、生存するための、エンジニアである君が取るべき唯一の合理的選択だ。 さあ、インストールボタンを押せ。 そして、現実という荒野へ踏み出せ。 健闘を祈る。